外部空間を豊かにクリエイトするエクステリアメーカー

株式会社サンポール

サンポール製品開発ストーリー

ピコリーノができるまで2015/01/16

製品開発ストーリー

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私ども、サンポールは1970年の創業以来「外部空間を豊かにクリエイトする」という企業理念のもと「旗ポール」「車止め」などのエクステリア製品を提供してまいりました。この「旗ポール」「車止め」は社会インフラ製品であり、公共空間ではなくてはならない製品ではありますが、人々の記憶に残るような製品ではありません。

 このピコリーノの誕生は、今から35年前の1980年に遡ります。
 当時のサンポールは、第一の柱である「旗ポール」の売り上げを軌道にのせ、東京進出も決めて急成長をとげていました。そして数年後、第二の柱となる「車止め」市場に「サンバリカー」ブランドで本格参入することになるのです。
 その頃、企画開発の中心的な役割を担っていたのが、創業者一族の一人、権藤千代子(当時、専務)でした。先行するメーカーとの差別化を図り、市場にインパクトを与える、新しいコンセプトの製品を開発すべく躍起になっていたさなか、権藤の前に一つの情報が舞込みました。
 「公園の入口に設置されている門型の車止めの上に、子供が飛び乗って座るなどして転倒する事故が多発し解決策を検討している。」
 常々、「児童公園の入口に無機質な門型車止めは相応しくない・・」と思っていた権藤は、この情報をヒントに、子供が飛び乗れないようにする機能と子供の遊び場に相応しい意匠を融合した製品を閃きました。そうして誕生したのが「ピコリーノ」です。

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 権藤は「ピコリーノ」へのこだわりを、次のように語っています・・
 「金型代(イニシャルコスト)や生産効率を第一に考えたら、1つのポーズ(型)で二羽~三羽を等間隔に並べることになる。しかしそれでは面白味に欠ける。この製品で、通りすがりの人々に安らぎを与えたい。一寸でも微笑んでもらいたい。親子で物語を創って欲しい。だから、敢えて2つのポーズ(型)を作り配置や羽数にも気を使った。やがて、4羽の内、1羽を「はぐれ鳥」にすることで、情緒が生まれ、小鳥たちの間に物語も生まれた。」

 

 お陰さまで、ピコリーノ誕生から35年経た今、会社名を知らなくても「この製品は知っている」と言われるほど市場に浸透しています。ピコリーノはまさしく外部空間を豊かにクリエイトする製品となったのです。
 <45期の企業方針は「外部空間を豊かにクリエイトする演出者になる」です。創業50年に向け、「作って売る」のではなく「創って売る」企業として、更なる飛躍をしたいと思っています。>

 最後に、ピコリーノに纏わるエピソードを紹介して、終わりにしたいと思います。

「飛び立った小鳥」pico_2.jpg
 某市で小鳥が盗まれる悪戯(※現在は盗難防止対策済)が発生しました。現地を確認していた社員の横を通り過ぎた親子。「小鳥が飛んでいったね~」という会話をする微笑ましい光景を見掛けたそうです・・・まさしく権藤が思い願った光景です。

「江ノ電スズメ」
葛飾北斎「富嶽三十六景/「相州江の島」で有名な関東の勝景地、江ノ島の玄関口
江ノ電、江ノ島駅入口に設置されたピコリーノ・・・
 かれこれ十数年前、江ノ島駅入口に設置されたピコリーノに「少し寒そう」と江ノ島駅売店の女性店員の方が服を着せてくださいました。そして季節ごとイベントごとに服が変わり、その愛らしさが話題となり、今では観光スポットとなっています。尚、既に女性店員の方は退職されましたが、想いは引き継がれ、今でも江ノ島駅に降り立った人々の笑顔を誘っています。「江ノ電スズメ」の詳しいエピソードは「江ノ島ポータルサイト」をご覧ください。



 尚、ピコリーノ誕生から35年経った今、初代の小鳥(型)は役目を終えました。現行の小鳥は、広島出身の鋳金作家、村中保彦先生に原型をお願いしたものです。その後、特注案件で「カワセミ」の原型をお願いするなど、村中先生とのご縁は繋がり、今では、弊社社長も村中先生のメタルアートファンです。
村中保彦のメタルアートを紹介するページです。ご覧ください。


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文:販売促進課 K.W

ピコリーノの製品情報はこちらをご覧ください。